5つ羽根の天使
その天使は、6つの翼を持っていた。銀色に輝く、硝子を折り込んだ翼を。アルミニウムの衣を身に着け、コンクリートの壁にもたれかかって外の光を眺めていた。
「何を見ているの?」
そっと中に話し掛けてみる。返事なんて期待せずに。
彼はもうずっと、気が遠くなる程の時間ここに幽閉されているが、誰ひとりとしてその声を聞いたことがない、と言うのは有名な話。私も実際、ここの見張りとしてもう5年、毎日彼を見てきたけれど、話すどころか動いている姿すら見たことがない。
「光を……陽の光にあたりたくて」
嘘……天使が喋った!
銀細工の声。それは天国の匂いのする、危険な音。私の中の本質が引きずり出されるような、破壊的な誘惑。
「出してあげようか?私なら、あなたを出してあげることができる。その代わり、あなたの翼をひとつ頂戴。あなたが翼を私にくれるのなら、外に出してあげるわ」
彼の背中で、翼がうごめく。重なり合った翼のひとつが、信じられないことにぼとり、と床に落ちた。
「嘘っ!どうして……だって……うそ、でしょう?」
「ここから出られるなら、一つくらい失くしてもいい。さあ、早く!!」
涙が、流れた。その落とされた翼の苦痛と彼を失う重みに心が耐えられない。
早く、と彼の瞳はまた、私の心に呼び掛ける。
彼の元に跪き、落とされた硝子の翼を胸に抱く。そして初めて彼の身体に触れる。彼がここに存在していたことを忘れたくないから。彼の顔を覗き込んで、その頬に口づける。
私がいっぱいに開いた窓を、彼の身体はすり抜けてゆく。すり抜けて、陽の光を浴びて……溶ける。光に浄化する彼の身体。後に残されたものは、アルミニウムと5つの翼。
6つめの、最後の翼は私の中に吸い込まれてゆく。彼の毒は全て私の体内に消えてしまった。彼はもうこの世には存在しない。
天使は5つの翼と交換に自由を手にいれ、1つの翼に全てを埋めて消え去ってしまった。
<FIN>
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