罪人の水槽
ひらひらと身体をくねらせる。
何の感情も持たないような顔をして、あたしを見ている。
どんよりとした魚の目。それは全てを知っているのに、何も見ていないふりをして無言で脅しているようにさえ感じる。
あたしの罪を唯一見ていたのは魚。水槽の中の天国で人間どもをあざ笑っている。
罪なんかじゃないわ。悪いのは彼の方だもの。
あんなに、数えきれないくらい愛してるって言ってくれたのに、同じ口で、同じ声でもう愛してない、なんて言うんだもの。
他に好きな女がいる、なんて言うんだもの。
一生離れないって言ってくれたのは彼なのに。
だから、一生離れられないようにしたのよ。
彼が人込みの中で嘘に心を惑わされないように、汚れてしまった心を洗ってあげたのよ。それで彼が動かなくなってしまったのは少し悔しいけれど、これで彼はあたしの元を離れなくてもいいわ。大嫌いな上司のいる会社にもいかなくていいわ。
毎日あたしが抱いていてあげる。愛しているんだもの。大好きなんだもの。もう、一生離れないわ。
ねぇ、彼が大切にしていた魚さん。あなたも彼と同じになりたい?
その大きく見開いた瞳は、その時も何の感情も浮かばないんでしょうね。悲しみも恐怖も痛みも……解放される喜びですら。
泳ぐのは苦手だった。だからこの恋にも溺れてしまった。足の立つ水槽の中で十分よ。広い世界は知らなくていい。
だって、ここは濃縮された幸せで満たされているんですもの。
水槽の中にちゃぷん、とナイフをおとす。ナイフはゆっくりと水槽の中に赤をにじませながら沈む。
残念。あなたは彼と同じにはなれなかったわ。
そうね、彼にはあなたのようにひらひらと綺麗なしっぽがなかったもの。しっぽがなかったから、きっと方向音痴だったのよ。だからあたしから迷ってしまったのよ。
魚は何事もなかった顔をして水槽の中で自慢の尾ビレをくねらせる。
彼は彼の部屋の床の上にだらしない液体にまみれて寝そべっている。
なんて幸せな休日の昼下がり!!
<FIN>
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